800年前に中国で誕生した焼きもの「曜変天目」をご存知ですか?技術の継承が断たれ、当時の作品は世界にわずか3点、いずれも日本で国宝として大切に保存されています。
その「曜変天目」の復元に成功したのが日本人陶芸家の林恭助先生です。日中国交正常化35周年を迎える今年、3月に北京・中国美術館で開かれた「曜変天目・林恭助展」での素晴らしい展観と反響をお伝えします。
この企画を中国美術館に橋渡しするよう依頼されたのは2年前のことです。雑誌『月刊美術』陶芸担当者から林先生を紹介され、「曜変天目」の解説を受けました。
「800年前、中国に素晴らしい焼きものが生まれて、それを日本で大切に守ってきたことを中国の人たちに知らせたい」。
目を輝かせてそう語る林先生の言葉から、あるエピソードを思い出しました。
昔、日本のあるお殿様が、敵に城を攻め入られていよいよ降参という際に、先祖伝来の家宝を側近に託して「(次の城主となる)敵の大将に渡せ」と命じて自害したそうです。大切な文化財は後世に伝えなければいけない、日本人のそんな素晴らしい精神性が林先生の姿勢に重なりました。
また、中国生まれの文化を熱心に追求する日本人がいる、ということが中国人として純粋に嬉しく、「他国の文化に対してこれだけ情熱を傾ける中国人が果たして何人いるだろうか」という思いにも駆られました。「日本が文化大国であることを中国に伝えたい」と私も常々願っていましたが、最終的に私どもの背を押したのは「曜変天目に里帰りさせてやりたい」という林先生のお気持ちでした。
展覧会直前まで、中国側との慌しいやりとりが続きました。当時、中国は反日デモで大きく揺れていました。日本人作家の作品を受け入れてくれるか、作品自体の安全性など心配は募りましたが、展覧会を応援してくれる中国側の協力者の働きかけと、度々の説得も奏効して、焼きものの権威から要人までが、見ず知らずの私の熱意を理解し、了承してくれました。
↑「曜変茶碗」中国美術館収蔵作品
↑「曜変天目」故宮博物院収蔵作品
オープン直前に初めてお会いした「中国古陶磁学会」名誉会長の叶文程先生は、足早に作品のガラスケースに鍵をかけて周る私に付添い、一点一点手にとって鑑賞して何度も溜息をもらしていました。
「私が何でも力になるから、林先生にはぜひ(曜変天目発祥の地である)建窯に来てほしい」「今の中国には1000回の失敗にくじけず5年間も没頭できる林先生のような陶芸家がいない。中国人には良い刺激になる」など、翌日まで興奮冷めあらぬ様子でした。
↑テープカット。左から範迪安氏、叶文程氏、耿宝昌氏
レセプション会場には、中国古陶磁の最高権威、中国古陶磁学会会長の耿宝昌先生、中国美術館館長範迪安氏のほか、日本通の中国対外文化交流協会常務副会長劉徳有氏、日本国駐中国大使館井出敬二氏など要人も来場し、記者会見には新華社通信など主要メディアが20社以上詰めかけました。開幕後、150坪の会場に陳列された24作品はあふれかえる中国人に囲まれ、口々に絶賛を受けました。
↑現地の記者に囲まれる林先生
↑展覧会オープンのテープカット
↑記者会見 林先生(中)、顧定珍(右)
↑左から、シルクランド㈱榎本社長、林先生、顧定珍
展覧会以降、中国語で「林恭助」をインターネット検索すると2000件以上(3月末現在)がヒットしました。林先生の作品と誠意が中国の人々にどれだけ伝わったか、おわかりいただけると思います。
図録をひと目見て感動した弊社社長・榎本も「現物を見たい!」と会場に駆けつけ、私どもが担う「日中友好の懸け橋」という大きな役割を再確認したようです。
林先生の作品は、北京・中国美術館と故宮博物院に収蔵、永久保存されることが決まっています。林先生の懸命な努力が800年前の輝きを甦らせ、専門家など多くの人の心を動かしました。文化の価値は国境を越え、未来に続いてゆく力があるのですね。その一端を担う私どもも、微力ながら今後もお役に立てることを願っています。
ギャラリー通信#16(2007年9月号)より
↑展示風景 その①
↑展示風景 その②
↑展覧会会場内
↑会場の外の風景
memo
《中国美術館と「曜変天目」茶碗について》
北京の中国美術館 「曜変天目・林恭助展」の会場となった、北京の中国美術館は、1950年代初めに建てられた、中国国立芸術博物館。現在は、現代中国絵画、書、写真や彫刻などの特別展示と常設展示を行っている。 最近では、海外の芸術家たちが招かれ、展覧会が行われている。 曜変天目(ようへんてんもく) 天目茶碗のひとつ。 12~13世紀に中国南部、福建省の建窯(けんよう)で焼成された茶碗。 曜変というのは、もとは「窯変」「変容」を意味する。黒釉(こくゆう)地に、大小の斑紋が散在し、その周りが青銀色の美しい光沢を放つ。この斑紋が青く光り輝き、観るものを魅了する。 現在、世界で現存する曜変天目は3点。(いずれも国宝)。
「曜変天目」を所蔵している施設
■ 東京・静嘉堂文庫美術館
■ 大阪・藤田美術館
■ 京都・大徳寺観光院